
初日の出を捕らえようとカメラを手に家を出たが、午前6時前の百合ヶ丘はどこから太陽が上がるかも分からないほど暗かった。
改札で二人に別れを告げると、俺はてくてくと線路沿いの道を歩きだした。直後、電車は定刻どおりやってきた。乗客はかなり少ない。手でも振れば二人は俺に気付くかもしれない。
よし、彼らを見つけたら、サンバイザーを手にとって大きく振ろう。そして去り行く電車を追いかけてみよう。寒空の下、青春の一ページを飾るべくドラマチックに追いかけてみよう。
しかし、現実の電車はドラマのようにはゆっくり走り出さなかった。加速するとあっという間に俺の目前を過ぎ去っていった。けっこうなスピードだった。ブラザーフッドではよぼよぼな御婆ちゃんが追いかけながらかなりの会話を繰り広げていたんだが。
いつだって始まりは突然やってくる。
ふと見上げると空が白み始めていた。しまった。古臭いドラマのような演出を考えている場合じゃなかった。せっかくカメラを持ってきておきながら、人生初の初日の出のチャンスを逃すなんて馬鹿げてる。俺は線路沿いを歩くのをやめ、丘に向かって走り出した。
丘の階段を130段一気に駆け上がった。そこから日の出が見えるか半信半疑だったが、やはり、東の方向の地平線はもう一つ向こうの丘が邪魔して見えない。すぐさま小走りで尾根沿いの道を丘の頂上に向かった。
途中、いくつかのビューポイントを通り過ぎた。いくつもの思い出が俺の脳裏を駆け巡った。だが、どんな憂鬱な記憶も初日の出の爽快さがことごとくかき消していった。
あほかっ。
何かにそう呟いた。
人生は上書き保存の連続だ。ヴァージョン管理する必要は特にない。誰かも「ハッピーに生きるなら健康と健忘ね」って言っていたし。
ついに東の方面、東京のビル群を見渡せるところまでやってきた。

!!
雲だ。雲で太陽が見えない。
初日の出を見ようと他にも何人かが東の薄暗い空を眺めていた。
確かに残念だった。でも、これ以上、何を望むことができよう。俺はやれることはやった。
めらめらな初日の出はまた来年見ればいい。来年がダメならその次に見られればいい。
神様は僕らがその喜びを実感できるように、美しいゴールは出し惜しみする。
そんなもんだ。
気が付けば、アコースティックギターのストロークが頭の中に流れ始めていた。

あっという間にすっかり朝になってしまった百合ヶ丘。

そして浦和レッズ天皇杯優勝おめでとう!
現場にいた風を装い、プロジェクターの映像を写真に収めただけです。
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