2007年2月17日土曜日

感受性のインターフェース

人格を形成しきった人に、あれやこれや注文してもどうしようもない話。なぜなら当人にとってそのインターフェースが存在しないのだから。欠落した感受性のインターフェースを新たに作るのは、背の低い人に高くなるべきだと言っているに等しく、酷な話だ。成長期を過ぎるとなかなか人は変わらない。特に人格のベクトルは三歳までに形成されるらしい。俺の子には、できれば知的好奇心が際限なく沸き起こる子供になってほしい。



インターフェースって通信を行う場所、情報の入出力を行う場所。こっちがとあるインターフェースに問いかけても、相手がそのインターフェースをもっていなければその問いかけは決して届かない。タッチパネル式ではないテレビの画面をぽちぽち押しても、その思いは、まあ受け取ってくれない。



活字


そういえば、最近、活字を読めるようになってきた。今読んでいるのは、「不正アクセス対策 入門の入門」。入門の入門なのに、俺はこんなことを知らないで仕事をしている。へぇ~ログはうんこなんだ。ログを使って健康管理だって。ははー。

 

っていうのはさておき、気持ちのいい会話の出来る人は本当に気持ちがいい。やっぱあうんの呼吸に限る。

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